ヤッターマン(☆☆☆)
例のTVドラマで「ヤッター!」ってのが流行ったから、海外セールスにもプラスになったりして、ね。
さて、『ヤッターマン』である。タツノコ・アニメを、「タイムボカン」シリーズを、ある程度リアルタイムに楽しんできた世代の一人としては、何はともあれとりあえず見に行かねばなるまい。。。一抹の不安を抱えつつ劇場に足を運んだのだが、存外に楽しい時間を過ごすことができた。基本的に三池作品とは相性が悪い当方なので、多くを期待していたわけではない。それを思えば、嬉しい誤算といった感じである。何が楽しかったかといえば、もちろん、懐かしさという要素を抜きにしては語れまい。しかし、それ以上に、作り手が真剣に遊んでいるところ、真面目にバカをやっているところが楽しくて仕方がなかった。
そういえば、昨年は『スピードレーサー (マッハGo Go GO!)』があった。同じタツノコ作品の映画化という意味で、作品に対する愛情よりも作り手自らへのナルシシスティックな自己愛が勝った大愚作『キャシャーン』は原典への冒涜以外の何者でもなかったが、ウォシャウスキー・ブラザーズの『スピードレーサー』には、原典に対する思い入れとリスペクトが溢れていて、なかなか楽しい作品に仕上がっていたことは、いまさら言及するまでのこともないだろう。この『ヤッターマン』も同様、原典に対する愛が溢れた作品である。が、2つの作品のアプローチは似て非なるものである。まるでオリジナルに夢中だった子供が、子供のままの心で、持てる技術の全てを発揮して「完コピ」を目論んだ珍作が『スピードレーサー』だったとするなら、大人になったかつての子供が、大人として、自分なりのフィルターを通すことでオリジナルを再構築したのが『ヤッターマン』といえようか。
つまり、この映画版『ヤッターマン』の面白さがどこにあるのかというと、あの原典をそのまま再現する(あるいは、敢えてしない)ことによって生まれる距離感、つまりは、オリジナルを客観的に考察・解体する過程から生みだされる批評精神やお遊びなのではないか、ということなのである。たとえば、ヤッターマンの2人がヤッターワンの左右にぶら下がるようにして出動するビジュアルをそのまま絵にすると、どうにも乗り心地が悪そうだし、疲れてしまいそうだよね、、、というのがそのままギャグになっていること。彼らがぶら下がったまま、「地球の裏表、ひとっとび」をアニメの通りに再現することから生まれるバカっぽさ。これらの笑いはアニメをそのまま再現するだけでは生み出されない批評的、違う言葉で言うなら、(セルフ)パロディとしての面白さである。また、盛り込まれたギャグの数々にしても毒や悪意が意識的に増幅されており、決して「そのまま」に留まらないのだ。例えばかつての定番ギャグである「全国の女子高生のみなさん」が本作で引用されるとき、そこには明らかに、誰もが見てみぬふりをしていたその「本質的なアブなさ」が曝け出されていたりするのである。
まあ、なにぶんにも、このシリーズの特徴のひとつは子供番組という枠組みを超えて破天荒に暴走する大人のオフザケと、完璧にパターン化された物語のなかで炸裂する、アニメの構造そのものを吹き飛ばしかねない革命的かつ危ないギャグにあったわけだから、単にそれを「完コピ」するだけでは本質的な面白さには迫れまい。かつての視聴者が大人になって、かつてのスタッフと同じ大人の目線で再構築するというアプローチは、本作を成功させる上で不可避だったということができるだろう。
キャスティングのなかで一番違和感のあったのはドロンジョ様を演じた深田恭子の起用であったが、脚本が求めるドロンジョ像がアニメ版とは違った方向性を持っていることもあって、しばらく見ているうちに気にならなくなる。彼女はもちろんのこと、映画を成立させるための部品として、どの役者もよい仕事を見せてくれている。冒頭の廃墟となった渋山をはじめ、美術は異様な張り切りぶりが画面から伝わってきて微笑ましい。映画版だからといって変に構成を崩さず、TVシリーズ1回分の構成を何度か繰り返してエンドまでもっていくアイディアも慧眼。ただ、内容から考えて126分の尺は少々長く、いくら情報量満載で楽しいとはいってもダレる場面が何箇所かあったのは残念だった。ぐだぐだでテンポの悪いところまで再現しなくても良かったんじゃないのかね。
3/24/2009
3/22/2009
Yes-Man
イエスマン“YES”は人生のパスワード(☆☆★)
『Bring It On (チアーズ!)』、『Down with Love(恋は邪魔者)』で当方期待のペイトン・リード監督の新作である。ダニー・ウォレスという男の実際の体験談をネタにしたコメディで、主演は久々にストレートなコメディに帰ってきたジム・キャリーということで楽しみだった1本である。
日本語でイエスマン、といえば、上司に逆らわない人間の意になるが、この映画でいうYES-MAN は、日々遭遇する様々な選択の機会において、NOと拒絶するのではなく、とりあえず「YES」と云おう、ということである。自分のルーティーンに閉じこもることなく、周囲に心を開き、YES、ということで思いもよらない可能性が開けてくるという教訓を、なんでもYESといわなければ災厄に見舞われるという強迫観念に取り付かれてしまった男の顛末。それをアメリカ映画お得意のドタバタ騒ぎの連鎖で見せていく作品だ。
映画は十分に楽しめるものであったが、事前の高い期待は半分満たされ、半分裏切られた気分である。まあ、それほどまでに高い期待を持つほうに問題があるという気もするが、そういう期待に応えられる才能が集まっていると思うのだ。
この映画、確かに、ペイトン・リードのテンポが良い演出と音楽へのこだわり、それになによりもジム・キャリー久々の顔面芸を楽しめるという意味では期待を裏切らない。その限りにおいては普通に楽しめる作品である。細かいネタにはまればマニアックに楽しめるところもある。しかし、それも含めてどうしても予定調和の世界になっているのだ。「原作」を元ネタ程度にしか扱わずに自由に脚色するのはよい。(違うアプローチもあったとは思うが、これが悪いというわけではない。)エンロン事件ネタが爆笑ものだった『ディック&ジェーン 復讐は最高』でジム・キャリー作品を経験済みの脚本家ニコラス・ストーラーは、ジム・キャリーの得意技を十分理解して見せ場を盛り込み、いかにもジム・キャリーが得意そうなコメディ作品に仕上げている。しかし、それは、みなどこかで見たものの寄せ集めでしかなく、意外性や新鮮味に欠けている。定番というものは得てしてそういうものであるといえるのだろう。しかし、ペイトン・リードの才気なり、ジム・キャリーの実力なりというものを目にしてきて、ファンであるからこそ、これしきのことでは納得がいかない、工夫が足りないなぁ、という思いが強くなる。ジム・キャリーのキャリアだけ見ても、この路線ならば、10年前の『ライアー・ライアー』である程度極めているんじゃないだろうか。
本作の収穫は、ヒロインを演じるズーイー・デシャネルだろうか。『ハプニング』のときは特に強い印象は残らなかったが、本作ではどこかヘンテコな個性と可愛らしさが引き出されていてなかなか良かったと思う。「YES!」教(?)の教祖を演じた大ベテランのテレンス・スタンプは、例えば公開中の『ワルキューレ』なんかを見たあとではその落差に唖然とするのかもしれないが、昨年の『ゲット・スマート』のようにコメディへの出演も珍しくないし、スティーヴ・マーティン&エディ・マーフィ主演の『Bowfinger (ビッグムービー)』のとき、すでにして怪しい宗教の教祖を演じていたから、新鮮味のない選択のように感じられた。なんか、他に引き出しはないものかね?
『Bring It On (チアーズ!)』、『Down with Love(恋は邪魔者)』で当方期待のペイトン・リード監督の新作である。ダニー・ウォレスという男の実際の体験談をネタにしたコメディで、主演は久々にストレートなコメディに帰ってきたジム・キャリーということで楽しみだった1本である。
日本語でイエスマン、といえば、上司に逆らわない人間の意になるが、この映画でいうYES-MAN は、日々遭遇する様々な選択の機会において、NOと拒絶するのではなく、とりあえず「YES」と云おう、ということである。自分のルーティーンに閉じこもることなく、周囲に心を開き、YES、ということで思いもよらない可能性が開けてくるという教訓を、なんでもYESといわなければ災厄に見舞われるという強迫観念に取り付かれてしまった男の顛末。それをアメリカ映画お得意のドタバタ騒ぎの連鎖で見せていく作品だ。
映画は十分に楽しめるものであったが、事前の高い期待は半分満たされ、半分裏切られた気分である。まあ、それほどまでに高い期待を持つほうに問題があるという気もするが、そういう期待に応えられる才能が集まっていると思うのだ。
この映画、確かに、ペイトン・リードのテンポが良い演出と音楽へのこだわり、それになによりもジム・キャリー久々の顔面芸を楽しめるという意味では期待を裏切らない。その限りにおいては普通に楽しめる作品である。細かいネタにはまればマニアックに楽しめるところもある。しかし、それも含めてどうしても予定調和の世界になっているのだ。「原作」を元ネタ程度にしか扱わずに自由に脚色するのはよい。(違うアプローチもあったとは思うが、これが悪いというわけではない。)エンロン事件ネタが爆笑ものだった『ディック&ジェーン 復讐は最高』でジム・キャリー作品を経験済みの脚本家ニコラス・ストーラーは、ジム・キャリーの得意技を十分理解して見せ場を盛り込み、いかにもジム・キャリーが得意そうなコメディ作品に仕上げている。しかし、それは、みなどこかで見たものの寄せ集めでしかなく、意外性や新鮮味に欠けている。定番というものは得てしてそういうものであるといえるのだろう。しかし、ペイトン・リードの才気なり、ジム・キャリーの実力なりというものを目にしてきて、ファンであるからこそ、これしきのことでは納得がいかない、工夫が足りないなぁ、という思いが強くなる。ジム・キャリーのキャリアだけ見ても、この路線ならば、10年前の『ライアー・ライアー』である程度極めているんじゃないだろうか。
本作の収穫は、ヒロインを演じるズーイー・デシャネルだろうか。『ハプニング』のときは特に強い印象は残らなかったが、本作ではどこかヘンテコな個性と可愛らしさが引き出されていてなかなか良かったと思う。「YES!」教(?)の教祖を演じた大ベテランのテレンス・スタンプは、例えば公開中の『ワルキューレ』なんかを見たあとではその落差に唖然とするのかもしれないが、昨年の『ゲット・スマート』のようにコメディへの出演も珍しくないし、スティーヴ・マーティン&エディ・マーフィ主演の『Bowfinger (ビッグムービー)』のとき、すでにして怪しい宗教の教祖を演じていたから、新鮮味のない選択のように感じられた。なんか、他に引き出しはないものかね?
12/23/1998
You've Got Mail
ユー・ガット・メール(☆☆★)
ここのところ、北米のインターネット接続事業者として勢いがあるのが ”AOL” こと「アメリカ・オンライン」という会社で、簡単接続や簡単設定のソフトウェアを収めたCD-ROMをダイレクトメールで送りつけては会員を増やし、旧来のパソコン通信事業者を駆逐しているみたいだ。そこの電子メール・ソフトは、メールが届くと “You’ve Got Mail !” と音声で教えてくれるんだな。
・・・というわけで、それがタイトルになったこの映画、アメリカ・オン・ラインの壮大なる宣伝映画なんだよね。臆面も無く。
それはともかく、『めぐり逢えたら』のノーラ・エフロン監督の新作は、エルンスト・ルビッチ往年の作品である 『A Shop Around The Corner』 のリメイクだということだ。主演に、『めぐり逢えたら』の主演コンビ、トム・ハンクスとメグ・ライアンを再び起用。まあ、それだけである程度の観客は集まるだろうね。
NYで小さな子供向けの専門書店を営む女性とオン・ライン・チャットで知り合い、メールの交換をするうちに好意が恋に変わっていく相手は、巨大ディスカウント書店の経営者。現実世界の商売敵はサイバー世界で恋に落ちている。先にメール相手が誰だか気付いた男は、現実世界で嫌われている相手にどう正体を明かしたものか悩むことになる。
安心して見ていられる作品ではある。話もそこそこ面白いし、主演二人は観客に愛されている。これだけそろえば、週末の「デート・ムービー」としては満点に近いんじゃないのかな。
でも、観客の予想を超えるものは何一つない。見る前も、見終わっても、全く観客の人生に変化がない。脚本家としては冴えた台詞を書き、細かい気配りのあるシーンを作るノーラ・エフロンだが、監督として相変わらずかったるい。演出家としては世間は過大評価気味。同じ脚本をもっと巧い職人監督に任せた方がいいんじゃないだろうか。
気の利いた台詞と古風なロマンティックコメディのかっちりした枠組みがあって、息が合った、しかも観客にも愛される完璧なキャストがいるんだから、何かをやって失敗するより、なにもやらないというのは賢い判断のように思えないわけではない。でも、演出が演出の仕事をしていないから、こんなシンプルな話がずるずると2時間超の大作になってしまうのだ。軽いロマンティック・コメディがこんなに長尺になる時点で、勘違いといっておく。これを1時間半でまとめてくれたらもっと良い印象になるのにな。
わざわざグレッグ・キニアまで起用した脇役に全く意味が無いとか、よくよく考えると無駄なシーンやキャラクターだらけなんだよね。どのみち主役2人の関係に話を絞っていくのであるから、こういう余計な脂肪をすっきり切り捨てて、きちんと整理整頓すれば見違えるくらい面白い作品になるはず。
本作で一番の魅力はやっぱりこの人、メグ・ライアン。それなりの年になってもこのひとのキュートな魅力は色褪せない。彼女の一挙手一動作が実に楽しいし、観客が彼女に期待する全てを出し惜しみなく見せてくれていて気持ちがいい。最初の登場からイキイキしていて、彼女のコメディ演技ではベストのひとつ。嘘っぽい描写ではあるのだが、AOLに接続するくらいで妙にうきうきしているところなど、彼女の仕種を見ているだけで楽しいから、リアリティが無くても許せてしまう。もう一方のトム・ハンクス、最近の体型も、演技も、少し鈍重で、イマイチだと思う。
ここのところ、北米のインターネット接続事業者として勢いがあるのが ”AOL” こと「アメリカ・オンライン」という会社で、簡単接続や簡単設定のソフトウェアを収めたCD-ROMをダイレクトメールで送りつけては会員を増やし、旧来のパソコン通信事業者を駆逐しているみたいだ。そこの電子メール・ソフトは、メールが届くと “You’ve Got Mail !” と音声で教えてくれるんだな。
・・・というわけで、それがタイトルになったこの映画、アメリカ・オン・ラインの壮大なる宣伝映画なんだよね。臆面も無く。
それはともかく、『めぐり逢えたら』のノーラ・エフロン監督の新作は、エルンスト・ルビッチ往年の作品である 『A Shop Around The Corner』 のリメイクだということだ。主演に、『めぐり逢えたら』の主演コンビ、トム・ハンクスとメグ・ライアンを再び起用。まあ、それだけである程度の観客は集まるだろうね。
NYで小さな子供向けの専門書店を営む女性とオン・ライン・チャットで知り合い、メールの交換をするうちに好意が恋に変わっていく相手は、巨大ディスカウント書店の経営者。現実世界の商売敵はサイバー世界で恋に落ちている。先にメール相手が誰だか気付いた男は、現実世界で嫌われている相手にどう正体を明かしたものか悩むことになる。
安心して見ていられる作品ではある。話もそこそこ面白いし、主演二人は観客に愛されている。これだけそろえば、週末の「デート・ムービー」としては満点に近いんじゃないのかな。
でも、観客の予想を超えるものは何一つない。見る前も、見終わっても、全く観客の人生に変化がない。脚本家としては冴えた台詞を書き、細かい気配りのあるシーンを作るノーラ・エフロンだが、監督として相変わらずかったるい。演出家としては世間は過大評価気味。同じ脚本をもっと巧い職人監督に任せた方がいいんじゃないだろうか。
気の利いた台詞と古風なロマンティックコメディのかっちりした枠組みがあって、息が合った、しかも観客にも愛される完璧なキャストがいるんだから、何かをやって失敗するより、なにもやらないというのは賢い判断のように思えないわけではない。でも、演出が演出の仕事をしていないから、こんなシンプルな話がずるずると2時間超の大作になってしまうのだ。軽いロマンティック・コメディがこんなに長尺になる時点で、勘違いといっておく。これを1時間半でまとめてくれたらもっと良い印象になるのにな。
わざわざグレッグ・キニアまで起用した脇役に全く意味が無いとか、よくよく考えると無駄なシーンやキャラクターだらけなんだよね。どのみち主役2人の関係に話を絞っていくのであるから、こういう余計な脂肪をすっきり切り捨てて、きちんと整理整頓すれば見違えるくらい面白い作品になるはず。
本作で一番の魅力はやっぱりこの人、メグ・ライアン。それなりの年になってもこのひとのキュートな魅力は色褪せない。彼女の一挙手一動作が実に楽しいし、観客が彼女に期待する全てを出し惜しみなく見せてくれていて気持ちがいい。最初の登場からイキイキしていて、彼女のコメディ演技ではベストのひとつ。嘘っぽい描写ではあるのだが、AOLに接続するくらいで妙にうきうきしているところなど、彼女の仕種を見ているだけで楽しいから、リアリティが無くても許せてしまう。もう一方のトム・ハンクス、最近の体型も、演技も、少し鈍重で、イマイチだと思う。
9/21/1998
Your Friend and Neighbors
僕らのセックス、隣の愛人(☆★)
しかし、この作品を覆い尽くした陰鬱な空気はいったいなんだというのだろう。ハッピーなカップルにはこの映画を勧めることが出来ないし、崩壊しかけのカップルには余計勧められない困った作品である。まあ、ひとりで劇場に出かけ、他人事として楽しむか、自分のこととして考え込むことになるのか。批評家受けが良いと聞いたが、どうもノれない。
お互いが友人同士である3人の男とその妻たちを中心に、不倫や浮気をきっかけとしてカップル、人間関係、信頼関係が崩壊していく物語である。
世の中をペシミスティックに見ているというのでもない。ただただ後向きで救いがない。現代社会に活きる我々は、男女関係についてここまでの困難を抱えているといいたいのだろうか。それとも、ニューヨーカーに対する自虐も入った当てつけだったりするんだろうか。ニール・ラビュート脚本・監督による2作目だというが、前作は見ていない。監督と親しいらしい、ジェイソン・パトリックが共同プロデューサーに名を連ね出演することで本作の製作をサポートしているようだ。ナスターシャ・キンスキーやベン・スティラー、アーロン・エッカート、キャスリン・キーナーらが出演している。
本作の狙いは、セックスがきっかけでもつれていく男女関係をブラックコメディのタッチでつづることにあるようである。コメディの体裁をとってはいるけど、「笑えないコメディ」の類である。セックス絡みの会話や露骨なシーンも、笑いを運ぶというよりは気が滅入り、かといって当然エロティックに楽しめるわけでもない。物語にしても、ハリウッド流のハッピーエンディングで幕を閉じるわけではない。
まあ、それもいいさ。ハリウッド流ばかりが米映画ではない。インディペンデントからはこういう作家性の強い作品が出てくるところも米映画の裾野の広さである。しかし、それで面白いなら良いが、本作についていえば退屈なだけである。
役者は一応才人ぞろいである。TVスポットを見て、そのキャストに興味を惹かれて劇場に足を運んだくらいである。友人関係なのか、この種の作品にしては豪華といってもいい。
『スピード2』と『スリーパーズ』という2本のビッグバジェット映画でとことん「スター」としての可能性をフイにしたジェイソン・パトリックが、こういう作品のなかで癖の強い役を演じて人が変わったようにイキイキしている。「生涯最高のセックス」として実に吐き気をもよおす告白をするシーンが見ものだろうか。あとは、最近、『メリーに首ったけ』の大ヒットでその存在を広く認識させたベン・スティラー、なんと久しぶりのナスターシャ・キンスキーあたりが目玉となるキャスト。それより地味なところで、アーロン・エッカート、キャスリーン・キーナーが好演していて、登場人物の心理状態というのはよく伝わってくる。まあ、それだけに、コメディよりもシリアスなムードが先行してしまうのかもしれないが。
デビューまもない新進作家の気負いはわかるが、どちらかというと迷惑な感じの1本、としておくことにする。
しかし、この作品を覆い尽くした陰鬱な空気はいったいなんだというのだろう。ハッピーなカップルにはこの映画を勧めることが出来ないし、崩壊しかけのカップルには余計勧められない困った作品である。まあ、ひとりで劇場に出かけ、他人事として楽しむか、自分のこととして考え込むことになるのか。批評家受けが良いと聞いたが、どうもノれない。
お互いが友人同士である3人の男とその妻たちを中心に、不倫や浮気をきっかけとしてカップル、人間関係、信頼関係が崩壊していく物語である。
世の中をペシミスティックに見ているというのでもない。ただただ後向きで救いがない。現代社会に活きる我々は、男女関係についてここまでの困難を抱えているといいたいのだろうか。それとも、ニューヨーカーに対する自虐も入った当てつけだったりするんだろうか。ニール・ラビュート脚本・監督による2作目だというが、前作は見ていない。監督と親しいらしい、ジェイソン・パトリックが共同プロデューサーに名を連ね出演することで本作の製作をサポートしているようだ。ナスターシャ・キンスキーやベン・スティラー、アーロン・エッカート、キャスリン・キーナーらが出演している。
本作の狙いは、セックスがきっかけでもつれていく男女関係をブラックコメディのタッチでつづることにあるようである。コメディの体裁をとってはいるけど、「笑えないコメディ」の類である。セックス絡みの会話や露骨なシーンも、笑いを運ぶというよりは気が滅入り、かといって当然エロティックに楽しめるわけでもない。物語にしても、ハリウッド流のハッピーエンディングで幕を閉じるわけではない。
まあ、それもいいさ。ハリウッド流ばかりが米映画ではない。インディペンデントからはこういう作家性の強い作品が出てくるところも米映画の裾野の広さである。しかし、それで面白いなら良いが、本作についていえば退屈なだけである。
役者は一応才人ぞろいである。TVスポットを見て、そのキャストに興味を惹かれて劇場に足を運んだくらいである。友人関係なのか、この種の作品にしては豪華といってもいい。
『スピード2』と『スリーパーズ』という2本のビッグバジェット映画でとことん「スター」としての可能性をフイにしたジェイソン・パトリックが、こういう作品のなかで癖の強い役を演じて人が変わったようにイキイキしている。「生涯最高のセックス」として実に吐き気をもよおす告白をするシーンが見ものだろうか。あとは、最近、『メリーに首ったけ』の大ヒットでその存在を広く認識させたベン・スティラー、なんと久しぶりのナスターシャ・キンスキーあたりが目玉となるキャスト。それより地味なところで、アーロン・エッカート、キャスリーン・キーナーが好演していて、登場人物の心理状態というのはよく伝わってくる。まあ、それだけに、コメディよりもシリアスなムードが先行してしまうのかもしれないが。
デビューまもない新進作家の気負いはわかるが、どちらかというと迷惑な感じの1本、としておくことにする。
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