11/07/2009

Drag Me to Hell

スペル(☆☆☆★)

だから、ジプシーの呪いは怖いんだって。

さて。ゼメキス&シルバーが「ダークキャッスル」で、マイケル・ベイが「プラティナム・デューンズ」なら、サム・ライミは「ゴーストハウス」なのである。『スパイダーマン』3部作で疲れたのか、自身が低予算ホラーを専門に製作するために作ったプロダクションで、まるで息抜きをするかのように撮ったのが本作「私を地獄に連れてって」である。低予算といってもアリソン・ローマンと、(Apple: Get a Mac のCMの)Mac 君ことジャスティン・ロングをキャスティングできちゃうあたりが素晴らしい。

サム・ライミは、『死霊のはらわた』によってホラー映画で過激な描写を突き詰めると笑いに転化するということを世に知らしめた人であり、以降しばらくのあいだ、ホラー映画というジャンル全体がトチ狂ってしまう原因を作った人である。彼の「ホラー映画」は、昨今流行している残酷で陰惨な描写をつきつめたような病的な作品群とは一線を画している。多分、本作に一番近いものが何かと問われたら、結局のところ、遊園地の絶叫マシンなのだと思う。絶対に安全で危害がないと分かっていて楽しむ非日常的な恐怖とスピード感。パーフェクトなスリル・ライド。

考えてみれば、いまどき「ジプシーの老婆の呪い」とか、「ものすんごい山羊の悪霊」とかで観客を震え上がらせることができるというのもすごいことだと思う。サム・ライミの演出手腕はますます冴え渡り、映画のあらゆる要素を完璧にコントロールしながら、緩急自在に観客を笑わせ、怖がらせ、驚かせ、楽しませる。このあたりのリズム、そして呼吸、ここ一番のところで唐突に飛び出す過剰なショットやダイナミックなカメラワーク。これらはもはや彼のトレードマークであり、誰にもマネの出来ないレベルに到達している。名人芸といっていいだろう。『スパイダーマン』3部作では自制気味だった彼らしさが全編炸裂するのを大画面で楽しめる、これだけでも見る価値のある作品である。

また、主演の昔から贔屓にしているアリソン・ローマンもなかなか演技達者な女優なのである。「理不尽な呪いにかかった哀れな娘」の顔の裏に、自分の利己的な目的のためには手段をいとわないしたたかさをかいま見せるあたりのさじ加減がうまい。この映画のラスト近くになっての怒涛の展開は、彼女の演技があって活きるのであって、単なる脚本構成に帰せられるものではないだろう。また、恐るべきジプシーの老女を演じたローナ・レイバー、彼女がまた素晴らしいのである。よくもまあ、激しいアクションをも要求される過酷な撮影に耐えたことだと思う。

単純な物語だが、サム・ライミが兄(アイヴァン・ライミ)と練り上げた設定も良くできている。ストーリーのサブコンテクストには今日の不況の引き金を引いたサブプライム・ローンの問題がある。本来リスクが高く、貸すべきではない人にまでお金を貸し込んでいた金融機関に、ローン返済が出きずに住居を奪われた側が呪いをかけて復讐する、こういう話なのである。まあ、金融機関の窓口のお姉さんをターゲットにするのはとばっちりもいいところではあるのだが、同時に、貸すときだけはいい顔をしておいて、返せなくなると手のひらを返し、担保として住む場所までも奪っていく金融機関に対する不信感というのは、ぬぐい去れないものとして確実にある。だから、観客は、高感度の高いアリソン・ローマン演ずるキャラクターに同情しながら、「それはさすがに理不尽だよ」と笑い、しかし心のどこかに「やられて当然、もっとやっちまえ」という気持ちがないわけでもない。このあたりの設定の妙がエンディングにつながっていくことになるわけだ。単純な作品のように見えるが、凡百の作品と本作の出来栄えを決定的に違ったものにしているのは、案外こうした部分だったりするものだ。