2/27/2010

It's Complicated !

恋するベーカリー(☆☆★)


またしてもピンボケな邦題で客を釣ろうとする戦略か。しかし、このタイトルで乙女チックな内容を想像してきた観客は、いくらコメディタッチといえども50代の元夫婦の生々しい不倫関係なんか見たくないと思うぞ。

なにしろ、主演は第82回のアカデミー賞で司会を押し付けられたアレック・ボールドウィンとスティーヴ・マーティン、16回目のノミネートとなったメリル・ストリープ。とうに離婚した元夫婦を演じているのがアレックとメリルである。アレックの方は若い女と結婚し、家庭を持っている。メリルの方は、ベーカリーの経営で成功し、家を新しく建て直そうとしているのだが、建築士のスティーヴ・マーティンといい雰囲気になってくる。そんななか、再開した元夫婦が「不倫関係」に陥ってしまって、さあ、どうするという話だ。

妻子持ちの男と、女の不倫。でも、その二人、元夫婦。で、原題、『It's Complicated!』になるわけですな。

アレック・ボールドウィンは『レッド・オクトーバーを追え』で精悍に登場した頃の面影はとうの昔に失っていて、図体の大きなクマみたいになっている。服を着ているあいだはよいのだが、裸になるとちょっと生々しく、WEBカムでそれを目撃する羽目になるスティーヴ・マーティンならずとも、ちょっと大スクリーンでみるのは遠慮しておきたい感じである。それはともかくとして、この人はSNLなんかにもよく出演していて、実は案外コメディな人である。スティーヴ・マーティンとの息があっているのかあっていないのかわからない微妙な絡み(アカデミー賞の司会の雰囲気を思い出してもらえばよいだろう)が、当方なんかには面白く見ることができた。

しかし、シリアスからコメディまで何でもこなし、下品なことも熟年セックスもやってのけて、なお、傷つかないメリル・ストリープという人は、本当に化け物のような女優だ。本作でも、まあ、お笑いが得意な2人を相手に回し、複雑な感情表現も含めて見事な大女優ぶりを発揮している。

映画の内容がそうであるように、いってみれば倦怠期以降の大人向けのお笑いエンターテインメントとしては、ちょっと下品だけど及第点。そういう層でなければ、私のようにスティーヴ・マーティンが出てりゃ何でも見るというような特殊な嗜好を持ち合わせない限り、あんまり見たいとは思わないだろうな。脚本・監督はお馴染みの安定株、ナンシー・マイヤーズ。この人の映画、結構見ているけど、特にチャールズ・シャイアと別れてからの作品はあんまり気に入っていない。

*ビデオ化にあたり「恋するベーカリー ~別れた夫と恋愛する場合」とサブタイトル付になったとさ。

2/14/2010

The Disappearance of Haruhi Suzumiya

涼宮ハルヒの消失(☆☆)


まあ、熱心なファンが喜んでいるのなら、それ以上なにかいうことはないのかもしれないが、これ、映画としてはダメだろう。

いや、そのとおりに土台となる小説シリーズがあって、アニメシリーズがあって、かなりの数のファンがついている作品である。だから、単独の映画として成立していなくても、背景説明も、人物説明も、状況説明も、全て省略していても、それを以って失敗作だというつもりはない。むしろ、そんな荒業が可能であることは本作のような(特別な立ち位置を確保した)作品にとっての特権であるとさえいえる。

しかしだね。

だいたい、この程度の内容で2時間40分なんていう尺になるのがおかしいのである。それだけの時間があれば、本作が特権的な立場を利用して切って捨てた「一見さん」に向けた説明を全部リピートしてみせたってまだ時間が余ってしかるべきであろう。ディテールの描写や演出にこだわりすぎるがあまり、あるいは、原作をそのまま完全に移植することに執着するがあまり、細部ばかりが肥大した異様で退屈な作品になっていること、そこが映画としてダメだということなのだ。

だが、TVで垂れ流されることを前提としたTVシリーズよりも、情緒や空気を重視し、長い間をつかった演出が多用されていて、作り手が映画館でかけられる作品であることを意識して作っているのは見て取れるところが面白い。過剰なディテール、高度な作画技術に支えられたキャラクターたちの細かい芝居だって、制約の多いTV作品では実現できないことを見せてやろうという、作り手の熱心さだったり、ファン・サービスだったりの表出なのだろう。

映画館で上映される、映画らしさを備えた、しかし映画としては欠陥だらけの商品。ファンのためのお祭り騒ぎ。そんな作品があっても良いが、なぜこういう作品に集まる観客は、並外れてマナーが悪かったり映画館の常識に欠けていたりするのだろうかね?

2/06/2010

The Private Lives of Pippa Lee

50歳の恋愛白書(☆☆)


敏腕編集者である年の離れた夫(アラン・アーキン)と共に、リタイアメント・コミュニティに越してきた主人公(ロビン・ライト・ペン)が語るこれまでの人生は、一見して穏やかで平穏に見える現在の彼女からは想像し難いものであった。一風変わった若い男(キアヌ・リーヴス)の出現や、自らの睡眠障害、夫の浮気などの出来事をきっかけに大きく変わり始める生活と平行して、彼女の人生を決定的に運命付けた過去の衝撃的な事件が観客にあかされる。

アーサー・ミラーの娘で(ダニエル・ディ・ルイスの妻である)レベッカ・ミラーが自らの原作を脚色し、監督した作品である。アンサンブル・キャストから実力相応の演技を引き出せているので、楽しめないことはない。が、ストーリー・テラーとしては未熟。

退屈なリタイアメント・コミュニティに越してきたことを契機に始まる主人公の異常行動、抑圧されてきた感情や人間性。主人公が過去を語りながら、あるところで目の前の事件と、過去の決定的な出来事が劇的に交差する。個々のエピソードが平板に羅列されているので物語の骨格となる構造、違う言葉でいうなら、話のポイントがなかなか見えてこない。もちろん、原作者でもある本人の頭の中ではきれいに構造化されているのだろうが、この人にはそれを観客に向けて効果的に語ってみせる脚本の、そして演出の技術がない。

そんなんだから、こんな邦題をつけられる羽目になる。欲求不満なロビン・ライトと、若いキアヌの火遊びがメインだと観客を騙してみても、それに釣られるような観客が望むものはここにない。

ロビン・ライト・ペンが実際の年(43歳)よりも疲れめに見えるのは昔からのような気がするが、彼女より2歳ほど上のキアヌ・リーヴスが随分若く見えるのが驚きである。アラン・アーキンが絶品。その他、ジュリアン・ムーア、モニカ・ベルッチ、ウィノナ・ライダー、マーク・バインダー、マリア・ベロと、この規模の作品にしては脇役が豪華。ウィノナ・ライダーの再起が少し嬉しい、かも。