10/24/2009

Orphan

エスター(☆☆☆★)

ロバート・ゼメキスとジョエル・シルバーが(趣味で)作った「ダークキャッスル」レーベルからの新作。ウィリアム・キャッスル作品のリメイクを手始めに快調に低予算ホラーを製作してきたダークキャッスルだが、2006年の『リーピング』あたりで失速。ガイ・リッチー作品を手がけるなど若干の路線変更をしているようで、本作もホラーというよりはサスペンス・スリラー調の作品である。監督は、2005年におなじくダークキャッスル製作の『蝋人形の館』を手がけたバルセロナ生まれのジャウム・コレット・セラ。本作の原題が「Orphan (孤児)」。3人目の子供を流産してしまった夫婦が、そのかわりにと孤児院から引き取った聡明な少女、エスターが、やがて家族を恐怖のどん底へと突き落とす。

一見して善良だが、実は得体の知れない悪意を持った子供が周囲を恐怖に陥れるというストーリーにはいろいろなバリエーションがあって、一方に666の『オーメン』みたいなオカルトホラーもあれば、全盛期のマコーレー・カルキンが主演した『危険な遊び』みたいなサスペンスもある。おそらくそれを踏まえてのことだとは思うのだが、本作の面白いところは、少女・エスターの悪意が何に起因するのかなかなかわからないこと、要するに、いったいこの映画がどこに向かっているのかを観客に悟らせないところにある。彼女の周辺で起きる不幸な事故の数々、積みあがる死者の数。それは偶然の事故か(そんなわけあるまい)、事故を装った巧妙な殺人だろうが、そうだとしたら、何故なのか。もしや、超自然的、悪魔的な何かが介在しているのか(まさか)、とすら想像させられてしまう。孤児院の経営はキリスト教系の団体だし、少女が隠し持っている古書が怪しいし。ポスターに描かれた少女の顔がオカルトだし。ねぇ。

この映画、欧州出身監督の感性ゆえか、映像が米国映画っぽくないのである。薄暗く、ひんやりとした湿っぽさ、どんよりとした陰鬱な空気。何が起こっても不思議ではないような雰囲気。撮影を手がけたジェフ・カッターのキャリアは浅いが、なかなか良い仕事をしていると思ったら、次回作は『エルム街の悪夢』のリメイクらしい。演出も、ジャンルお約束の「脅かし」はあるが、全体としては騒がしくなく、じっくりとサスペンスを醸成していく。『蝋人形の館』のときには低予算娯楽ホラーのフォーミュラに則った仕事だったから、これほど達者な演出ができる人材だとは気がつかなかったが、なかなかの逸材ではないだろうか。

もちろん、さんざん観客を翻弄しておいて、真相が明かされてみればありきたり、というのでは凡作の誹りを免れることはできまい。最後の最後になって、初見の観客のほとんど全てが唖然とするようなアイディアが飛び出してくるところが高ポイントである。これがストーリー上、いわゆる「どんでん返し」というのではなく、積み上げてきたサスペンスを違う次元に持ち上げる働きをしているところが尚素晴らしい。初期段階の脚本では、エスターの過去についてもっと踏み込んだ説明がなされていたようだが、そこを端折った完成版には蛇足感もなく、観客がいろいろなことを想像できる余地もあって、なかなか良いバランスになっていると思う。エスターを演じるイザベル・ファーマンが圧巻。低予算ジャンル映画といってもこういう作品があるから侮れないのである。

10/17/2009

Villon's Wife

ヴィヨンの妻 桜桃とたんぽぽ(☆☆☆★)

太宰治生誕100周年だからといって、地味な映画なのにセットやらなんやらに金がかかっているなぁ、と思っていたら、バックにフジテレビがついていた。今年のフジテレビは、揶揄されるような「テレビドラマの映画版」ではなく、映画オリジナルの企画で勝負していて一味違う。本作なんて、監督:根岸吉太郎、脚本:田中陽造、っていうのだから、これはもう、立派に映画の香りがする1本だ。終戦後の東京を再現し、立派なセットだと感じさせたのは種田陽平の仕事だというし、衣装も黒澤和子だというから、これまた一流どころが集まっている。それで映画らしい香りがしなければ、もう、それは嘘というものだろう。

戦後間もないある年の瀬、売れっ子小説家だが放蕩者の夫が居酒屋から大金を盗んで逃げたことを咎められ、借金を働いて返す心づもりで居酒屋に押しかけた主人公だったが、屈託のない彼女の振る舞いは客に大人気で店は繁盛、彼女を慕う若者まで現れるといった具合。どこか楽しげに働く妻や、彼女と若者の間柄に嫉妬した夫は、家をでて愛人と心中を図ろうとする。まあ、ダメ男とよく出来過ぎているほどの妻の、不思議なようでいて、どこか普遍的にも思えないでない夫婦関係を描いた話である。地味な話ではあるが、話運びが巧みであり、次がどうなるのかと身を乗り出して見入ってしまう。深刻な話にもなりかねないのに、底に流れるユーモアについつい笑わされたりもする。画面の中だけで完結しない奥行きや行間を感じさせる演出は、大人の映画ならでは。十二分に楽しませてもらった。

主演の松たか子と浅野忠信、松たか子が働く居酒屋夫婦の室井滋と伊武雅刀、松たか子に惚れてしまう若者の妻夫木聡あたりまでのキャストも完璧。松たか子は昭和の女としての違和感のない佇まい、主人公のあっけらかんとした前向きな強さを体現していて素晴らしい。この人、現実世界では名門のお嬢様のはずなのに、演技者として「庶民っぽさ」を素直に出せるのは、実はいわゆる「美人顔」ではないからだろう。しかし、映画屋ドラマのなかで演技をしている彼女には、単純な見た目とは異なる魅力があって、いつも参ってしまうのが不思議なところで、今回もその例外ではない。これが女優というものだ、と感心する。浅野忠信は、太宰のイメージを投影したダメ男を飄々と演じ、このどうしようもない男の魅力をうまく掴んでいるように思う。その他の主要キャストでは、堤真一はいまひとつ雰囲気に馴染んでおらず、浮いている感じがする。これは、彼の演じるキャラクターが、脚色段階で創作されたものだということも微妙に反映しているのかもしれない。愛人役の広末涼子は、相変わらずのウンザリする声としゃべり方なのだが、役柄ゆえか、それもあまり気にならない。眼鏡で表情を隠しているのもいい。これは使い方の勝利、活かし方もあるものだと感心した。

The Proposal

あなたは私の婿になる(☆☆☆)

カナダ国籍のやり手女性編集者が、VISA手続きの不手際から国外追放を食らいそうになり、その回避手段として、過去3年彼女の下で耐えてきた若いアシスタントとの偽装結婚を思いつき、男も出世のためと渋々ながら承知する。ところが、そんな嘘を簡単に受け入れる移民局ではなかったから大変。舞台をNYからアラスカに移し、男の家族を巻き込んだ騒ぎに発展していく。いがみあう男女が、突拍子もない出来事をきっかけに、互いの違う側面に気づいて惹かれあうようになっていく、というのはロマンティック・コメディにおける絶対的な定番の一パターンだ。しかし、それを年上で実績のある「女優」が牽引し、アラスカという少し目新しい場所を選び出した目利きがこの作品の新鮮味につながっている。

考えてみれば、2005年の『デンジャラス・ビューティ2』以来、久しぶりにコメディに戻ってきたサンドラ・ブロックである。共演は見慣れない顔だと思っていたら、『ウルヴァリン』でウェイド・ウィルソン=デッドプールを演じていたライアン・レイノルズである。サンドラ・ブロックが1964年生まれ、ライアン・レイノルズが1976年生まれというから、丁度一回りも年が離れているし、映画界での実績もまたしかり。近年、こういう企画もたまに見受けられるようになったとはいえ、やはり珍しい部類といえるのではないか。昔から裏方にも積極的に関わってきたサンドラ・ブロック、今回もしっかりと製作総指揮に名を連ね、今の年齢の、今の彼女が輝く企画に仕立て上げるのに成功している。監督の人選もいい。『幸せになるための27のドレス』をヒットさせた、このジャンル期待の星、アン・フレッチャーだもの。

「部下を振り回す嫌われ上司」像には、『プラダを着た悪魔』のメリル・ストリープが重なり、偽装結婚から始まるロマンスといえば、ピータ・ウィアーの『グリーン・カード』なども思い出す。男の実家で家族や親戚と関係を深めることで抜き差しならない状況になっていく展開は、昏睡男のフィアンセと勘違いされたサンドラ自身のヒット作『あなたの寝ている間に』、だろう。ことほどさよう、ひとつひとつのアイディアにオリジナリティがあるとはいい難い。それでも、テンポよく繰り出される台詞は良く書けているし、なんだかんだといいながら3年間も一緒に働いてきた上司・部下の間の空気が変わっていく感覚を、主演のこの二人、なかなか良く醸し出している。自己中心的な凄腕上司、というのがサンドラ・ブロックのキャラクターではないのは先刻ご承知、思い通りにならないシチュエーションで困惑する彼女を見ていると、観客の期待する自分というのがどのあたりにあるのかを分かった人の仕事だというのが分かるだろう。

故郷の町にすむ男の元彼女を、『ベストフレンズ・ウェディング』のころのキャメロン・ディアスを思わせないでもないマリン・エイカーマンが演じている。この人、同じ監督の『~27のドレス』で、主人公の(嫌な)妹役を演じていて、注目株。今回も何かしでかすかと期待してみていたのだが、このキャラクターを添え物としてしか扱えない脚本は、ちょっともったいない。ほら、普通、こういう女は嫉妬心丸出しで主人公らの間に割って入ってくるものだし、偽装結婚という真実を真っ先に暴き出したりするものなんじゃないのかね。主人公が真実を暴露して身を引こうとする理由が「家族」でもいいけれど、若くて可愛い女がいてもいい。

付け加えて、邦題。語呂とインパクトで「婿」なんだと思うが、本来「娘の配偶者の男性」が婿なのだから、家制度も関係なければ、女性側の親が存在しない物語で「婿」っていうのはちょっと違う感じがする。