10/17/2009

Villon's Wife

ヴィヨンの妻 桜桃とたんぽぽ(☆☆☆★)

太宰治生誕100周年だからといって、地味な映画なのにセットやらなんやらに金がかかっているなぁ、と思っていたら、バックにフジテレビがついていた。今年のフジテレビは、揶揄されるような「テレビドラマの映画版」ではなく、映画オリジナルの企画で勝負していて一味違う。本作なんて、監督:根岸吉太郎、脚本:田中陽造、っていうのだから、これはもう、立派に映画の香りがする1本だ。終戦後の東京を再現し、立派なセットだと感じさせたのは種田陽平の仕事だというし、衣装も黒澤和子だというから、これまた一流どころが集まっている。それで映画らしい香りがしなければ、もう、それは嘘というものだろう。

戦後間もないある年の瀬、売れっ子小説家だが放蕩者の夫が居酒屋から大金を盗んで逃げたことを咎められ、借金を働いて返す心づもりで居酒屋に押しかけた主人公だったが、屈託のない彼女の振る舞いは客に大人気で店は繁盛、彼女を慕う若者まで現れるといった具合。どこか楽しげに働く妻や、彼女と若者の間柄に嫉妬した夫は、家をでて愛人と心中を図ろうとする。まあ、ダメ男とよく出来過ぎているほどの妻の、不思議なようでいて、どこか普遍的にも思えないでない夫婦関係を描いた話である。地味な話ではあるが、話運びが巧みであり、次がどうなるのかと身を乗り出して見入ってしまう。深刻な話にもなりかねないのに、底に流れるユーモアについつい笑わされたりもする。画面の中だけで完結しない奥行きや行間を感じさせる演出は、大人の映画ならでは。十二分に楽しませてもらった。

主演の松たか子と浅野忠信、松たか子が働く居酒屋夫婦の室井滋と伊武雅刀、松たか子に惚れてしまう若者の妻夫木聡あたりまでのキャストも完璧。松たか子は昭和の女としての違和感のない佇まい、主人公のあっけらかんとした前向きな強さを体現していて素晴らしい。この人、現実世界では名門のお嬢様のはずなのに、演技者として「庶民っぽさ」を素直に出せるのは、実はいわゆる「美人顔」ではないからだろう。しかし、映画屋ドラマのなかで演技をしている彼女には、単純な見た目とは異なる魅力があって、いつも参ってしまうのが不思議なところで、今回もその例外ではない。これが女優というものだ、と感心する。浅野忠信は、太宰のイメージを投影したダメ男を飄々と演じ、このどうしようもない男の魅力をうまく掴んでいるように思う。その他の主要キャストでは、堤真一はいまひとつ雰囲気に馴染んでおらず、浮いている感じがする。これは、彼の演じるキャラクターが、脚色段階で創作されたものだということも微妙に反映しているのかもしれない。愛人役の広末涼子は、相変わらずのウンザリする声としゃべり方なのだが、役柄ゆえか、それもあまり気にならない。眼鏡で表情を隠しているのもいい。これは使い方の勝利、活かし方もあるものだと感心した。

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