11/13/2011

Contagion

コンテイジョン(☆☆☆☆)


実は、映画館から戻って以来、体調が悪いのだ。念には念を入れて殺菌効果のある液体石鹸で手を洗い、薬をつかってうがいもした。それなのに、3時間後には急激に熱が上がってめまいがし、気分がすぐれない状態になってフラフラしてきたので、安静状態を保つようにしている。まさか劇場内をターゲットにしてウィルスをばらまくテロだとも思わないのだが、館内で咳をしているひとがいたから、油断はできない。水害で仕事が止まったバンコクからの一時帰国者が変な病原菌を持ち帰っていないとも限らないじゃないか。

・・・などと、不安が不安を呼ぶ映画なのである。濃密な106分。力作。

スティーヴン・ソダーバーグというひとは、「巧い、けど、面白くない」映画を作ることに関しては天才的だと思っていて、、もとよりあまり好きな監督ではない。が、時折、ほんとうに面白い映画も作るので侮れないのである。全部まとめてどれだけ賞を受賞しているのか分からないくらいの豪華キャストを揃えた本作も、見る人によっては「面白くない」映画なのかもしれないが、久々にグッとくる1本であった。ちきしょう、やっぱりこいつ、巧いんだよ。これがダメならハリウッド活劇調『アウトブレイク』でも、お涙頂戴底抜け邦画『感染列島』でもお好きにどうぞ。

人類が経験したことのない、感染力が強く、かつ、致死率も高い未知のウィルスのパンデミックがおこったら、一体何が起こるのか。誰がどのように行動するのか。この映画は、そういう状況を、近未来シミュレーションとして、視点を切り替えながら(あくまで)過度のドラマ性(だけ)を排除して描き出していく。単純なヒーローはいない。影で巨大な陰謀を巡らす極悪人もいない。お涙頂戴もないし、カタルシスもない。だが、良心や使命感を持った人々が精一杯誠実に行動する一方で、虚栄心や欲に支配された人間が悪事もなす。過度のドラマ性はないとはいえ、個々に小さなドラマがあり、胸を打つ瞬間がある。

この映画は、地に足の着いた描写から、世界的規模で起こっている事件を丸ごと描きだしていく。大きなスケールである。しかし、よくよく見れば、米国を中心において、(複数とはいえ)かなり限定されたパーソナルな視点を積み重ねることで形にしている。個々のエピソードがバラバラになったり、描写が上滑りしたりしない演出力と、複雑な編集を含めた物語の構成力には恐れ入る。なにせ、これだけ多くの名のあるキャストを使っていて、それぞれに印象に残る演技の見せ場を作り、誰一人無駄にしていないのも、簡単なことではない。逆にいえば、こういう映画を作るにあたっては、実力のあるキャストを揃えないと、物語を構成する各々のパーツが説得力を失ってしまうということでもあるだろう。

家族を失い、戸惑いながらも残されたものを守ろうとするマット・デイモンの静かな演技は相変わらず静かな名演。妻が死んだと聞かされて、「で、妻にはいつ会えるんです?」と聞き返すシーンは最高だ。ウィルスの起源と感染ルートの解明に出かけて現地で人質として捕らえられるマリオン・コティヤールの最後の決断や、ワクチンの開発にあたるジェニファー・イーリーと、意志でもあった彼女の父親のエピソードなど、短い時間と少ない台詞でこれだけ豊かなドラマを紡ぎ出してみせると感心する。淡々としていて感情移入できない映画だと評する意見には全く賛成できないね。

ところで、本作の中で、ジュード・ロウ扮するブロガーが自己顕示欲の強い悪人として描かれていることで、ネットメディアや、それに扇動される人々を必要以上にネガティブ見せているように感じる向きもあろう。だが、結局のところ、これが現実に近い描写ではないだろうか。いつの世にもデマを流すものがいて、それに乗せられるものがいるということで、それ以上の意味はないのではないか。確かに、対する「体制」側に属する人々は小さな過ちを犯したりもするが、概ね好意的に描かれているものの、公式発表が後手後手に回りがちな様子、それゆえに人々の不安や恐怖が増幅されていく流れも十分に透けて見えるし、各国政府や企業の行動がことさら美化されているわけでもないから、個人的には、この映画を「体制寄り」と見るのは穿ちすぎだろうと思っている。

仕事で香港に出かけ、シカゴ経由でミネソタに戻ってきた女性が発症する "Day 2" で幕をあけた物語が、最後の最後に提示してみせるのは、世界がいかに狭くなり、人類の経済活動が未知のリスクを増大させているか、という事実である。豚インフルエンザは大事に至る前に収束して胸をなでおろしたものの、こうした脅威はいまそこに迫っており、人類とウィルスの戦いの歴史は続いていく。このジャンルの映画としては、決定打に近い一本。必見。

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