6/12/2010

The Outrage

アウトレイジ(☆☆☆★)


世間は原点回帰というけれど、それが、まあ、映画を楽しんで作っているということであったら間違いではないかもしれない。何しろ、ここのところの苦悩ぶりと迷走ぶりは見るに耐えないものであったから、北野武が楽しんで映画を撮っているということは、ファンとしてはなによりも嬉しいことだ。

もちろん、映画の内容が原点回帰だとは思っていない。普通であることの作法も技術も持ち合わせず、定石を徹底的に排除したところで成立していた初期の作品とは、そもそも目指しているところが違う。むしろ、本作が比較されるべきは、北野武が幅広い観客を意識した「北野流バイオレンスエンターテインメント」を標榜する『BOROTHER』であり、『座頭市』だ。これらは、その完成度はともかくとして、誰にでも分かるエンターテインメントと主張しながら、北野武でしか撮りえない個性的な作品でもある。また、脚本や台詞をしっかり練りこんで、筋書きで観客を楽しませられるように丁寧に撮ることを要求された作品という意味では、もしかしたら『Kids Return』あたりにも近い。

本作には、王道を照れずにやってのける覚悟が見て取れる。ストーリー然り。組織の中で仕掛けられたちょっとした小競合いが凄惨な組織のつぶしあいに発展する一方で、腹黒く狡猾な連中は、状況を利用して権力を手中に収めようとするという仁義なき群像劇だ。キャスティング然り。これまでは敢えて起用を避けてきたようなオールスターの演技者が並ぶ。殺しのシーンから逆算し、精緻に組み立てられた脚本にはいろいろなレベルで伏線が張られており、緊張と笑いのバランスを巧みに操り、一気呵成に突っ走る109分。払ったチケット代のぶんはきっちり楽しませるプロの仕事たらんとする気合がスクリーンに漲っている。

その結果、過剰な自意識やヒロイックな自死願望は消えた。行間はそのままに、寡黙さが消え、台詞はやたらに増えた。バイオレンスは痛さはそのままに、しかし軽く、マンガ的になった。編集からは唐突な暴力性が消え、びっくりするぐらいスムーズになった。ある意味、「普通」の作品に近づいた。しかし、普通に接近するほどに、普通の枠にははまらない北野武の個性も際立ってくるところが面白い。

この作品にも、いつのまにかスッと忍び込んできて日常を異化してしまう暴力の恐怖は健在だし、オフビートな笑いもそこにある。暴力的で威圧的な台詞が気がつけば掛け合い漫才、という面白さは、これまでの作品になかったものである。が、彼のキャリアを考えれば、これが北野流コメディのひとつの完成形だろう。そして、
息を呑むような素晴らしいショットもある。何より、一見単純でありふれたストーリーの裏から、これまでの作品とも底の部分で通じる組織や社会構造、人に対する彼独特の観察眼と世界観が浮かび上がってくる。

弱小ヤクザ組織が上位組織の裏切りによって破滅していくところだけを切り出せば、ヤクザ映画として出発しながら「何か違うもの」に変質していった『ソナチネ』と同じだが、本作はあくまでヤクザ映画、あくまで分かりやすいエンターテインメントという制約の中で、初期作品とは全く別のベクトルで仕上げられている。ともかく、北野武は「もう終わっちゃった」作家なのではなく、まだ始まっていない、ということだ。何かをふっきって再度スタート地点に立った。この人は、同じ場所を堂々巡りするのではなく、新しい地点に向かおうとしている。本作を見る限り、まだまだ期待していいのだと思う。

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