1/10/2009

Hellboy II: The Golden Army

ヘルボーイ ゴールデン・アーミー(☆☆☆★)


It is logical. The needs of the many outweigh the needs of the few or the one. (Spock@ "Star Trek II")
The needs of the one outweighed the needs of the many. (James T. Kirk @ "Star Trek III" )

この映画、"many" どころか、 "entire humanrace" よりも、目の前にいる一人を救うというんだもの。泣けるよね。

ちょんまげ姿の赤鬼さんが大活躍する2004年のマイク・ミニョーラ原作・ギレルモ・デルトロ監督作に、オリジナルストーリーで続編登場。監督は前作同様、ギレルモ・デルトロがあたっているが、前作からのあいだに『パンズ・ラビリンス』を大成功させて格が上がり、『ホビットの冒険』を初めとする様々な企画が持ち込まれる人気監督へと出世を遂げての再登板である。前作が当たらなかったため客層を狭めたくないのか、それともいろんな事情があって配給会社が変わったためか、邦題からは「2」との表記が割愛されている。なんでもよいけど、この続きができたとき、ためらわずに劇場公開してもらえる程度にヒットしてくれることを祈っている。

さて、本作『ヘルボーイ2』、なかなか凄いことになっている。もちろん、モンスター好きの監督が好きに作った作品であり、今回は前作比でモンスター大増量という話は事前に聞いていたのだが、何が凄いといって、主要キャラクターのうち人間(もしくはとりあえず人間の容姿をしている)のは、超常現象捜査局の局長とヒロインだけという徹底振りで、スクリーン狭しと怪人・怪獣が入り乱れ、モンスター祭り状態と化しているのである。

もはや、人間なぞお呼びではない状況で、人間よりも人間臭いモンスターたちが繰り広げるドラマは、キャラクターが生きているからこそ可能な離れ業だ。人間のためにいくら尽くしても報われない主人公の悲哀。愛するものの命・自らの命と世界の運命を天秤にかけることを強いられるキャラクターたちの、それぞれの選択と結末がストーリーの核だ。大きく、重たい問いであるがゆえ、当然、感動も呼ぶのだが、そこで湿っぽくなるような安っぽい演出ではない。全編を貫いたオフビートなユーモア感覚こそがこのシリーズの楽しさだろう。

モンスターのデザインと造形には相当力が入っている。手掛かりを求めて入り込んだ「トロールマーケット」では、物語に深く関わるわけではない様々に異形なモンスターたちが通りすがりに登場するのだが、ここでの「人間の世界のすぐ裏側で、モンスターたちの活気に満ちた日常とでもいうべきものが営まれている」という描写が面白のだが、その描写を成立させているディテールの作りこみが半端なものではない。画面の隅々までを堪能したい向きは、これだけでも何度でも見返したくなることだろう。

また、ストーリー上、重要な役割を果たす「死の天使」は、本作における目玉ともいうべき存在で、監督の前作に登場した異形のもののデザインを彷彿とさせるユニークな、しかし、おぞましくも崇高な美しさを感じさせるあたりの造形的な完成度の高さに見惚れること必至である。また、話の中盤に設けられた大アクションシーンでの巨大化した森の精であるとか、タイトルにもなっている「ゴールデン・アーミー」のアンティークな機械仕掛け的な面白さや愛嬌など、美術的な観点からの見所は、前作をはるかに凌駕している。あまりにも小さいもの(歯の妖精か?)や大きいもの(森の精?)を除いて、ほとんどを特殊メイク、アニマトロニクスなど「デジタル」ではない旧来からの技術で作り上げたと話に聞くこだわりは、間違いなく画面に映っている。なんでもデジタルにすればよいというものではないということを実証するに十分だ。

とまらぬ欲望に支配された人類の繁栄を疎ましく思うエルフ族の王子が、封じられた黄金の軍隊を解き放って人類を打ち滅ぼそうとするメインプロットそのものは、それほど面白いとは思わない。もちろん、異形のものでありながら人間側に立ち、心は人間そのものである主人公を悩ませるためとはいえ、元来が楽観的なキャラクターであるから、それほど鋭く効いてこないのである。まあ、これはストーリーそのものを楽しむ映画というよりは、肥大化した個々の細部の集合としての圧倒的な密度の濃さを楽しむ作品であろう。また、そういう観点から、原作者と監督が作り上げた魅惑的な世界と面白いキャラクターを楽しむには、数年に1度の映画というフォーマットよりも、1時間ものの連続TVシリーズのほうが本質的には向いているのではないか、と思う。(もちろん、それで制作費がペイできるわけがないのは重々承知だ。)映画だけでは題材の持つ魅力を十二分に表現し切れていないという意味で、前作同様、少し消化不良気味である。

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