6/06/2009

Terminator Salvation

ターミネーター4(☆☆☆)


邦題の「4」って、、、なんだか安っぽいな。一昔前なら、主演俳優も交代し、タイトルだけかりてきたような安っぽいホラー映画みたいな雰囲気を感じてしまう。『バタリアン4』とか、ね。。

そう、1984年、低予算で作られた1本のSFアクション映画が、ここまで大きな「サーガ」へと変貌を遂げるとは誰も、作り手さえも想像しなかったはずである。件の作品は、閉じた時間の輪のなかで完結した運命を巡る物語であった。1991年、1作目とは比べ物にならない金銭と物量を投じて製作された2作目は、結局のところ、「未来からやってきた殺人マシーンと死闘を繰り広げる」というプロットの再利用に過ぎないのだが、「未来は変えられる」ものだとして、「審判の日」を回避するための戦いが描かれた。これは重大なタイム・パラドックスを生むことになったが、物語としてはクリエイターであるジェイムズ・キャメロンが意図したとおり綺麗に完結していた。しかし、 2003年になって3作目が作られ、結局、機械と人間の最終戦争が始まる。それは2作目の結果生じたタイム・パラドックスを解消するといえば聞こえはよいが、2作目で描かれた物語の意味を消失させる暴挙でもあった。またしても「未来からやってきた殺人マシーンとの死闘」というプロットが既視感たっぷりに繰り返されるから、作品はお笑いと化した。

本作は、3度まで繰り返された「未来から来た殺人機」というプロットから離れて、これまでの作品中で幾度も言及されてきた、全ての発端としての「未来戦争」を描いている点で、フランチャイズとして野心的かつ新しい第1歩を踏み出している。ちなみに、ここで描かれるのは、1作目の前日譚としての未来戦争ではなく、2作目、3作目と様々な歴史改変を経て、しかし回避することのできなかった「審判の日」以降であるから、『スター・ウォーズ』の新三部作が後の時代につなぐための辻褄あわせに終始せざるを得なかったような「窮屈さ」から開放され、事実上、何でも起こり得るといってよい。物語上の唯一の制約は、いつの日か「カイル・リース」を過去の世界に送り込む必要があるということだけだ。自由で広大なキャンバスを手にした本作『Terminator Salvation』は、圧倒的優位な機械軍:スカイネットを相手に絶望的な戦いを挑む抵抗軍という構図で描かれる戦争アクション映画である。多大なる犠牲を払ってスカイネットを無力化できるコードを入手したレジスタンスが総攻撃の準備を進める中、スカイネットに捕獲されたカイル・リースを救出しようとするジョン・コナーと、自分を人間だと信じている機械と生体のハイブリッド;マーカス・ライトのアイデンティティを巡るドラマが描かれていく。

『チャーリーズ・エンジェルズ』シリーズなどという、もはや映画と呼ぶのが適切なのかどうかすらわからない作品で知られるだけのMcGが、どれだけ重厚な世界観やドラマ、リアルなアクションを撮れるものかと誰もが不安に思ったことだろうが、意外や、まともな映画に仕上がっている。特にビジュアル面での力の入れ具合は見事で、これまでのシリーズ作品中ではブルーがかった映像とメタリックで玩具のような機械軍という安っぽい映像スタイルが確立していた「審判の日」後の世界を、リアリティをもって再構築したところは賞賛に値する。CGIだけに頼らずミニチュアやセットを使った効果は随所に出ている。スカイネットが繰り出す数々の殺戮マシーンも個性的かつ魅力的に動かしているし、シリーズのファンを自認するだけあって、過去シリーズにおける幾多の場面を髣髴とさせる演出を随所に盛り込みつつ、それが前作でのような「お笑い」に堕していないところも好感を持った。クライマックス近くでデジタルで再構築された若いシュワルツェネッガーを登場させるサービス精神も嬉しい。

そうなると、気になってくるのが脚本の出来栄えである。クレジットがないとはいえポール・ハギスやジョナサン・ノーランといった錚々たる才能の手を借りて完成されたはずの脚本であるが、期待したようなクオリティに達していない。まず登場人物のキャラクターが十分に描けていない。ジョン・コナーは(T3で描写より数段マシであるとはいえ)人類の未来を背負ったリーダーになることを運命付けられた男としては一面的で平板だし、彼が率いる部隊の面々もただの賑やかしでしかない。キャラクターの行動や変心も唐突で、違和感を感じる場面が多い。ここには、もともと「マーカス・ライト」を主人公とする物語だったものを、ジョン・コナーの役割を広げるために書き換えていった影響もあるのだろう。ネット上に流出したショッキングな当初構想(マーカスが死亡したコナーと入れ替わり影武者を務める)を反故にして第3幕を全面的に書き換えた影響もあるだろう。いずれにせよ、撮影を進めながら慌てて書き換えられていったせいか、煮詰め方が今ひとつ足りず、荒いのである。

そういう意味で、最も気になっていますのは、プロット上の穴だ。最大のものを指摘するなら、抹殺すべき「カイル・リース」を捕獲したとき、それと認識していながら、基地に移送した上で監禁しているスカイネットのマヌケさはどうだろう。論理的に考えて、彼を生かしておく必然性はどこにもなく、機械の思考としての合理性も欠く。これではただのアホだ。

シリーズの序章らしく、説明されずに残された「謎」も多々ある。そもそも「カイル・リース」の名前がスカイネットの抹殺リストに乗っている理由がわからないし、納得のいく説明も仮説すらも提示されていない。審判の日の前に死刑に処されたはずのマーカス・ライトが本作に登場するまでの経緯も全てが説明されたわけではない。もしかしたら、プロット上の致命的な穴だと思っていたことも、後々きちんと説明がつくのかもしれない。しかし、本作を見ただけでは想像もつかない複雑なバックストーリーが緻密に構築されているとも思われず、結局、行き当たりばったりで終わるのではないかという危惧が残るのである。まあ、それが「ターミネーター」らしさだといえば、そうなのかもしれないが。

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