12/25/1998

Patch Adams

パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー(☆☆)

パッチ・アダムズは自殺未遂で精神病院に収監されていたとき、医師になる夢を持ち、猛勉強の末に念願のメディカル・スクールに入学するのだが、「医療とは病気を扱うものではなく患者を扱うもの」という信念のもとでありとあらゆる規則を破っていくために周りと対立してしまう。

ロビン・ウィリアムズを主演に据えた実話の映画化。

なんだけど、トム・シャドヤック製作・監督、スティーブ・オーデカーク脚本っていうのがひっかるよな。だって、あの『エース・ベンチュラ』のコンビだよ?

『ナッティ・プロフェッサー』、『ライヤー・ライヤー』でそれぞれ、エディ・マーフィを再生し、ジム・キャリーを一皮剥いた功績は認めるけどね。今度は、ロビン・ウィリアムスの力を借りて、自分のキャリア・アップのために賞でもねらいに行っている感じがいやらしい。

とはいうものの、涙を誘う映画である。シリアスな問題提起もしている。ロビン・ウィリアムスはいつも通りに笑わせてくれる。でも、脚色と演出は、いかにも平凡。非凡な人物の、非凡な話を映画にするのに、ここまであざとい脚色や、お涙頂戴の演出が、果たして必要だったのかどうか。むしろ、真実の物語であれば、その功罪も含めてニュートラルに提示したほうが良かった、と思う。

アメリカの医療のありかたに疑問を抱き、理想を追求するために診療所を開設して理念の実戦に勤めている医師が主人公である。ロビン・ウィリアムズの演技がはしゃぎ過ぎだよ!って思っていたのだが、ドキュメンタリーで見た本人の方がよっぽどハイパーテンションな人物なのでびっくりした。ともかく、面白い人物と語るべきストーリーがあるのは事実なわけで、これをどう料理するかが腕の見せ所だろう。

脚本の上では、観客をこの主人公に共感させる上でのあと一押しが足りない。第1に自殺グセがつくようになるもとの悲しみや苦しみ、医師になることを決意する過程など全部舌足らずである。第2に、客観性が足りない。主人公はいくら理想を持っていてもルールを破るのである。それを無批判に正当化し過ぎてはいないか。

なにせ、コトは医療であって、学校当局や現在の医療のあり方をたんに「悪役」扱いするのではなく、価値観がギリギリのところで衝突する様を描いてこそ、逆に主人公の理念や主張が説得力を持つはずである。間違ったルールにも、それなりの理由があるはずなのであるが、この映画はそういう視点を全く持ち得ていない。作り手の知性が問われるのはこういうところだよな、と思う。

実話を基にした本が主人公寄りに書いてあるのは致し方ない。本人にあってリサーチするのも良い。しかし映画が客観性を保てなければ逆に信憑性が揺らぐのではないか?そのあたりの批判精神がないのが本作にとっては致命的であった。

演出の方はロビンの技に頼り過ぎである。キャリーやマーフィの「持ちネタを見せる」のと同じ演出を、こういうドラマでロビン・ウィリアムズ相手にやってどうするんだ!クライマックスとなる学内の弾劾裁判で全く緊張感を欠くカットバックを見たときにもゲッソリとした。あれは画面の狭いTV的な演出だよな。せっかくの題材を殺してしまった見苦しい駄作としかいいようがない。

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