8/21/2010

Colorful

カラフル(☆☆☆☆)

これは、あれだ。『素晴らしき哉、人生!』の変種だね。

死者の魂がこの世に戻って、とか、他人の体を借りて、とかは使い古されたパターンではあるけれど、この作品はそっちの系統に似ているように見えて、ちょっとだけ力点の置かれた場所が違う。もう少し、『素晴らしき哉、人生!』的、だ。

「クレヨンしんちゃん」もので名を上げたベテラン原恵一の、『河童のクゥと夏休み』以来となる新作である。重大な過ちを犯した「死者の魂」が、半年間の「修行」と称し、自殺直後の中学生の体に入って人生を生き直すチャンスを与えられるという話である。受験を控えた中学3年生、その家族たち、クラスメイトたち、そしてうんざりするようなごく普通の毎日。わけも分からないまま、どのように振舞えば良いかも分からないまま、日常生活のなかに放り出された主人公の魂が、周囲の人々との関わりを築きながら生きていることの喜びに目覚めていく。

冒頭、いきなり死後の世界で関西弁をしゃべる少年に出会い、この世に送り返されるところで物語は幕を開ける。その意味では「ファンタジー」というべきジャンルなのであるが、スーパーリアルに再現される世田谷区、二子玉川界隈の風景によって、現実の世界のすぐとなりであることを強く意識させられるようになっている。ことさら派手なイベントや展開のない日常生活を舞台に、日常生活を生きる物語。それを丁寧に描くという難行、苦行への挑戦といってもいいだろう。

家族と囲む食卓がクライマックスだといったら、驚くだろうか。そのシーンでのちょっとした箸の上げ下ろしまでがドラマである、といったらどうだろう。映画の中に挿入された一番のイベントが、路面電車の跡地めぐり(映画のオリジナル)だったり、援助交際の後輩の腕をつかんで街を走り抜けるシーンだったり。また、作品を象徴するのが、コンビニで買った肉まんを、ゴミ箱の横にしゃがみ込んで友人と分け合う何気ない場面だったりするというのはどうだろうか。

自殺未遂あがりの生徒に気を回しすぎる教師の姿、不倫を詰られた母親の動揺や後悔、メガネ女子の挙動不審な様子やセリフ回し。気を使った母親が手作りする普段着だけど美味しそうな家庭料理。思い返してみても、この映画にはごくありふれた、しかし、とても魅力的な瞬間が溢れている。実写であれば過激だったり生々しかったりすることも、とりたてて代わり映えのしない学校生活も、全てが等価に、丁寧に描かれていく。日々を生きる喜びや悲しみ、希望や不安、人と人のつながりや互いを思う気持ちが、そういう描写の積み重ねの中で主人公の心のなかに満たされていく。

丁度、直前に高畑勲の『赤毛のアン』を見ていたせいだと思うが、確かに昨今の主流というわけではないにしろ、こういう日常を描く芝居、日常的な風景や動作、所作をきっちり描いて魅せるのは、高畑勲あたりから聯綿と続く、日本のアニメの良き伝統なのだろうと思った。その系譜の、一番新しいところに名前を連ねたのが本作だと理解した。ファンタジー要素であるところの、関西弁少年と主人公のやりとりは(ふたりとも声が高いトーンであるのもあって)耳障りだし、台詞のやりとりにしてもあまりよい絡みになっていないと思うが、そんなものは小さな傷に過ぎない。一見して地味で難しい題材に挑んで、原作とも違う、アニメーション映画として初めて表現できる世界を作り上げたこの傑作。それが劇場にかかっているあいだに、できるだけ多くの観客の目に触れることを祈っている。

0 件のコメント:

コメントを投稿