8/08/2010

Salt

ソルト(☆☆☆★)

つい先だって、ロシアのエージェントが大量に逮捕されたという米国の事件は本作の大掛かりな宣伝の一環だと思うぞ。敢えてこのタイミング、というのが怪しすぎる。どこかで裏金が流れているに違いない。

そう、本作では、久しぶりに「ロシアのスパイ」が大スクリーンに帰ってくるのだ!任務を果たすその日のために米国内に深く静かに潜入し、暗躍する冷戦の亡霊たち。

『リベリオン』(ガン=カタ!)で知られるカート・ウィマーの脚本を、当たり外れは大きいがサスペンス・スリラーの領域を得意としているフィリップ・ノイスが監督。当初予定していたトム・クルーズに代わり、ノイス作品では出来のいいほうである『ボーン・コレクター』に出演していたアンジェリーナ・ジョリーを抜擢。脚本をリライト(ブライアン・ヘルゲランド!)して男女入れ替えるという大胆な転換が、作品を見る限りではかなり報われているのではないか。これはなかなか面白い仕上がりの1本である。

しかしまあ、「二重スパイ」ものなんである。その昔「二重スパイの嫌疑をかけられた主人公が自らの無実を証明する為に奔走するが、実は嫌疑通りに二重スパイでした!」なんていう映画を見てしまったものだから、この手の映画では何が起こっても不思議はないと心得ている。しかし、一般にいってその手の映画の主人公は、観客が好意を抱き、感情移入する対象として描かれるのが常であり、騙し、騙されの展開も、それゆえの衝撃であるのが常道である。

しかし、本作は、そうした作品と似て非なる展開を見せるところが面白い。なにしろ、この主人公、(少なくとも序盤においては)露骨に謎の多い行動をとるのである。観客は、この人物の真意が読めない。信用できない主人公が生むサスペンス。額面通り夫の身を案じての行動かと思えば、次第次第に細かな違和感が積み上がっていくあたりの演出のさじ加減がいい。何が起こっているのか分からないままに迫力のあるチェイスやスタントを連打し、主人公に感情移入をしても良いのか分からない不安な状況のまま、徹底して引っ張り続ける脚本は相当の力技。ストーリーの牽引力、スター女優の吸引力を信じているのだろうが、無茶な冒険をするものだと思う。映画の中盤になって、ようやく主人公の行動原理と目的が知れる決定的な出来事が起こるのだが、そのあとも、ダレることなく突っ走るスピード感溢れる語り口、無駄のない演出が素晴らしい。

アンジェリーナ・ジョリーは、アクション系の作品では彼女のベスト。宣伝文句だけでなく、どうやら相当数のスタントを実際にこなしているようだ。スタントマンが演じるなりしていれば、もっと見た目がスタイリッシュに仕上がったと思われるアクション・シーンがいくつもあるが、彼女自身が演じたからこその限界が見えると同時に、それゆえに感じられるリアリティと迫力もある。主人公を女性にしたことでドラマ的な厚みも出たが、少ない台詞ながら表情で語れる彼女の演技力も作品に大いに貢献している。

映画が終わって気がついたのだが、この映画、たった100分の尺である。非情に密度が濃い、タイトな1時間40分。これは娯楽映画の手本といっていいんじゃないか。個人的に、いくら編集(スチュアート・ベアード)の助けを借りたとはいえ、あのフィリップ・ノイスが「ジェイソン・ボーン」と(近作2本の)「007」が規定した新しいアクション・スリラーの「スタンダード」に則って、これだけ洗練された作品に仕上げてくるだけの力があるとは想定外。嬉しい驚きであった。

この映画のエンディングを続編に色気とか、中途半端とかいう輩がいるようだが、『ガメラ3』や『ダークナイト』の幕切れを最高に格好のよいエンディングだと思っている当方としては、重たい運命を背負った主人公が悲壮な覚悟をもって闇の中に去っていくこの終わり方、痺れるんだけどな。(ほら、あれだ。続編やる気満々ってのは、『ウルヴァリン』とか、『アイアンマン』1・2とか、ああいうやつのことだろう?)

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