2/11/2011

The Wall Street: Money Never Sleeps

ウォール・ストリート(☆☆★)

『ウォール街』の続編である。が、同じ雰囲気の作品ではない。いや、もっといえば、これはまるっきり違う構造を持った作品である。同じなのはマイケル・ダグラス演ずる懲りない悪役ゴードン・ゲッコーとトーキングヘッズの曲(エンディング)くらいなものだ。

前作は、「一人の野心的な若者の成功と挫折」としての普遍的なドラマのかたちを借りていた。その上で、市場参加者の一人としての架空の人物とそのインサイダー取引を例示しながら、より大きなもの=時代を描出する作品であった。そして、そのことが製作された80年代半ばの「旬」を感じさせる臨場感につながっていた。

今回はどうか。

ここではマイケル・ダグラスの演じるゴードン・ゲッコーというキャラクターをダシにしているが、前作と逆に、ある程度認知された大きな「システム」の姿とそのカラクリの構図を描くことが先にあるのではないか。そして、複雑な現実を分かり易く単純化するために、それらしい架空の登場人物が配置され、それらしい架空の事件が設定されている。まず、そこが大きな違いであるように思う。

もちろん広い意味でいうなら、「今という時代」を描く映画であり、アメリカの現代史の一断面を描き続けるオリバー・ストーンらしい作品の系譜につらなるものではある。しかし、現在進行形の何かを描いているのではなく、すでに「過去」となった出来事を観察してみせる映画であるということが、前作との決定的な差異であろう。現代を描いていながら、今を描いた映画ではないと感じさせる微妙に劣化した鮮度の問題は、本作の発する熱量の低さにも繋がっている。

その2つの意味において、前作の再現を望んだ観客の期待は裏切られている。前作視点で言えば、本作は「あの魅力的だったキャラクターが、現実に起こったこの10年のイベントをどう理解し、彼なりの立ち位置でどう生き抜くのか」という後日談でしかない。いってみれば、前作の出涸らしだ。演出や映像スタイルも、前作との連続性を重視したのか、一時代前的な古さすら感じさせる。

比較に意味があるかどうか分からないが、同じ00年代を舞台に、大量の投資マネーが流れ込んだ先で起こっていた熱狂(のひとつ)を題材とした『ソーシャル・ネットワーク』のほうが、前作の持っていたのと同種の「熱」を発している。個を描くことで時代を描くという立ち位置も同様。もっといえば、映画のスタイルとしても今を感じさせる刺激があり、別の角度からとはいえ、金融の現代的ダイナミックさを描出することすらできていた。

まあ、そのあたりが、本作の印象を平凡なものにしている理由であるし、前作のファンからもあまり良い評価を得られない理由に違いない。

本作で語られている教訓は、結局のところ「金と欲だけではない"Priceless"なものがある」という、手垢のついた当たり前の話である。ただ同時に、それ以外は結局全て人間を突き動かしているのは「金と欲」であって、愚かな人類は同じことを繰り返しているのだとも語られている。新しく台頭してきている世代の、これまでと少し違った価値観の萌芽も描かれているが、オリバー・ストーンはそこに過度の期待を見い出しているわけでもなさそうに見える。シニカルではあるが、そういう少し煮え切らないところが本作からカタルシスを奪ってしまっている。

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