9/04/2008

Sky Crawler

スカイクロラ(☆★)

『ビューティフル・ドリーマー』は面白かった。パトレイバーも面白かった、と思う。。『甲殻機動隊』はいろいろな影響を与え、『マトリックス』の誕生に貢献した(といういいかたをしておこうか)。

でも、これはダメだろう。つまらないよ。押井守の信者の皆さんには申し訳ないが、これは映画になってない。少なくとも、商業映画として、全国の劇場にブッキングして、広く人さまに見せる作品にはなっていない。お友達をよんで、ご自宅でプライベートスクリーニングでもなんでもやっていてください。なんか見ていて腹が立ってきた。

何が問題かといえば、「設定」はあるけれど「ストーリー」もなければ「ドラマ」もないということに尽きるのではないか。なお悪いことに、ここには「設定」を説明しようという積極的な努力もない。まあ、宣伝用のチラシでも読んでくれということかもしれないが、違う言い方をすれば「チラシ」を読み終わった時点というのがこの作品に対する満足度が最も高い瞬間であって、あとはどんどん落ちていくだけだ。

戦闘機によるファイティングシーンなどはフェティッシュな意味でこだわりに満ちているのかもしれない。でも、のっぺりとした平面的なキャラクターを使ったトラディショナルな2Dアニメーション映画のなかで、デジタル技術が作り出した3Dの戦闘機が飛び交うのって、どう見ても不自然。CGIが映画の中で浮いていて、別の映画を切り貼りしたかのようである。

このあたりは、『イノセンス』などでも同様のことを感じるわけで、積極的に3Dと2Dの見え方のギャップを埋めようとする意思があるのかないのかすらよくわからない。百歩譲って、3Dと2Dが同居するのも表現の一つと割り切るとして、3Dを使う表現上の利点がよく分からない。緻密かもしれないし、そういうレベルの表現を手書きでやるよりはコスト削減になるのかもしれない。しかし、絵が動く、命のないものに命が吹き込まれるというアニメーションの持っている原初的な興奮はそこにないばかりか、絵を動かすことによるダイナミズムもない。重力もない。なにもない。遠近法は正確かもしれないが、遠近法を無視したゆがみがもたらす興奮もエネルギーもない。

もちろん、ここで描かれる世界において、ダイナミズムもエネルギーも必要ではないのだろう。ただただ活きている実感の乏しさを、体温の低いキャラクターと体温の低い声の演技で淡々と描いているのだから、そもそもそういう指摘がお門違いだというのかもしれない。しかし、空で戦っている中にだけ生きている実感があるという話ではなかったのだろうか。3Dと2Dという手触りの異なる表現を同居させている意味も、そこにあるのではなかったのだろうか。残念ながら、空戦シーンにもまた生気はなく、ただただデジタル由来の冷たい絵があるだけであった。それを面白がれるというのなら、面白がったらいい。しかし、それが映画なのか、それが商業映画なのかというと、断じて違うのだといっておきたい。

0 件のコメント:

コメントを投稿