5/09/2009

Duplicity

デュプリシティ スパイは、スパイに嘘をつく(☆☆☆)


さて、『ザ・バンク』に続く2009年、春の「クライヴ・オーウェン祭り」第2弾は、ジェイソン・ボーン三部作の脚本で名を上げたトニー・ギルロイ脚本・監督の、トリッキーなロマンティック・コメディだ。例の3部作でいろいろリサーチをした際、職を失ったスパイたちが民間セクターに流れているという話を聞いて触発されたギルロイは、トイレタリー業界の覇権を競う大手二社が互いにスパイを雇い、相手を出し抜こうと諜報活動を繰り広げる物語を作り上げた。元MI6を演じるのがクライブ・オーウェン、因縁浅からぬ元CIAに、久しぶりの主演復帰となるジュリア・ロバーツで、競い合う2社のトップに貫禄のトム・ウィルキンソンと下衆なポール・ジアマッティという、なかなか濃いキャスティングが鑑賞欲をそそる1本である。

本作の表面的な面白さは物語の構成にある。冒頭、主演の二人の出会いが語られる。男は女にまんまとしてやられ、痛い目にあう。それを基点とし、今度は時間が現在に飛ぶ。男はポール・ジアマッティの会社に雇われて、競合であり業界ナンバー1のトム・ウィルキンソンの会社の諜報部門に長期間潜入した二重スパイとの連絡係になるのだが、その相手は、かつて痛い目にあわされたあの女なのだ。敵か味方か、信用できるのか、できないのか。常に相手を疑うことが習性として染み付いた2人が再会し、ライバル会社が発表間近だという画期的な新製品の秘密を探り出すことになるのだが、映画はこの先、二人の出会いと現在の間に起こったことを小出しにして説明し、観客を翻弄していくのである。どんでん返しの連続といえばその通りで、手持ちのカードを1枚ずつ場にさらすたびに、現在起こっていることの真相が少しずつ明らかになり、物語が異なった様相をみせてくるのである。そして、いったい誰が誰を騙しているのか、相手の本心は何なのか、まったく予断を許さない状況のままサスペンスフルなクライマックスに突入していくのである。

もちろん、観客がある程度の知性を持っていることを前提とした脚本の構成も、台詞のくすぐりも、まるでパズル遊びをしているようで面白いのであるが、一方で、この語りはズルいなぁ、とも思うのである。同じような「騙し」のストーリーテリングでも、たとえば往年の「スパイ大作戦」であるとか、『スティング』であるとかのように、「観客の視点では今何が起こっているのか分からない、もしくは、勘違いさせられているが、いろいろな伏線が張られていて、最後の瞬間に全てが氷解し、あー、そういうことかと納得させられる」というタイプのものであれば、フェアな語りだといえよう。しかし、本作がやっていることは、「実はこういう事情でした」、「裏でこんなことになってました」を後出しジャンケン的につなげているだけだと思うのだ。凝ってみたり洒落てみたのはわかるし、本作の幕切れなぞ皮肉が利いていてかなり面白いとさえ思うのだが、やはりアンフェアなのではないかという疑念を振り払うことが出来ない。これは、懲りすぎた代償だといえるだろう。脚本家が自分の策に溺れていると言い換えてもいい。

本作で一番気に入っているところは、そういえば『クローサー』で共演していたクライヴ・オーウェンとジュリア・ロバーツの掛け合いにある。いわゆるケミストリーというか、二人の役者のスクリーン上の相性がいい、というわけでもなく、なんとなく微妙な感じが漂っているのもミソなのではないかと思う。互いに惹かれあっているのか、いないのか、騙しているのか、いないのか、今の一言が嘘なのか、本当なのか。罠なのか、真実なのか。愛しているのか、いないのか。スパイ稼業の第一線で仕事をしてきた二人は、とにかく何でも疑ってかかり、互いを信じることが出来ない。しかし、そういう自分を心から理解することができる人間がいるとすれば、それは相手しかいない。このあたりのジレンマを抱え、ことあるごとに対立してみたり、腹の探り合いをしてみたり、本音を試してみたりするこの二人の関係は、相性の悪い2人が対立しあっているうちに惹かれあっていくという、古典的スクリューボール・コメディを現代的に進化させたものだということができるだろう。コメディからシリアスなドラマまで幅広くこなす、顔立ちも存在感も抜群に濃い実力派スターの二人がこれをやるのだから、面白くならないわけがない。トリックで見せるスパイもの、クライムものという味方をするならアンフェアな本作であるが、トリッキーな二人の関係でみせるロマンティック・コメディの変種だと見れば、こんなにイライラさせられながら楽しめる作品も珍しかろう。嫌いになれない1本である。

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