5/16/2009

W.

ブッシュ(☆☆★)


原題の「W.」は、アメリカ合衆国第43代大統領の、ミドルネーム(ウォーカー)である。Jr. と呼ばれるのを嫌がる彼を、周囲が W. と呼ぶ。父親はジョージ.H.W.ブッシュ。第41代大統領である。

この映画は、有名人ものまねそっくりさんショウなのか。否。豪華俳優を起用した安っぽいお笑い再現ドラマか、SNLのスケッチを拡大したものなのか。否。この映画は、いや、オリバー・ストーンは、そうなり得たかもしれない非常に危険な可能性を微妙なラインで避けて通り、普遍的なドラマを構築して見せるのである。ジョージW.ブッシュという男の冗談みたいに面白い馬鹿発言や間抜け面は、ほんの一部(プレッツェルをのどに詰まらせるとか、Fool me once... の件とか)を除いて巧妙に避けられている。そちら方面の期待をしていた観客にとっては拍子抜けだろうが、考えてみれば、これもまた、必然だろう。現実がコメディを超えてしまった以上、いまさらその現実を模写してもしかたがないということだ。大統領になるべき資質など、何一つ持ち合わせていなかった男が、なぜに大統領になってしまったのか。オリバー・ストーンは、その「謎」の背景を「父親」と「息子」の葛藤という観点で切り取ることを選んだ。政治の裏側ではなく、人間としてのW.の半生を悲喜劇として描き出すのがこの作品である。邦題、『W.の悲劇』にすればよかったのに。

まあ、驚かされるのは、極めて芸達者な役者たちが集められたキャスティングである。絶好調のジョッシュ・ブローリンは、W. 本人に似ているとは言いがたい要望ながら、そのしゃべり方、その動き方を巧妙に模倣しつつ、この男の内面を浮き彫りにしていく好演である。ディック・チェイニーの腹黒さを見せるリチャード・ドレイファスや、政権の頭脳として暗躍するカール・ローブを演じたトビー・ジョーンズあたりは、実に嬉しそうに、濃厚に役を演じている。会議で一番まともで知的な発言をしているのに、黙殺され居場所を失っていくパウエルの孤独を演じたジェフリー・ライトも地味ながらいい。彼らに比べると割を食ったのが二人。ひとりは、せっかくの美貌をわざと台無しにしてライスを演じるタンディ・ニュートンで、まあ、SNLのスケッチの延長線上にある大げさなカリカチュアになってしまっている。もう一人はスコット・グレンだ。大好きなベテラン俳優だが、ラムズフェルドの下品さ、ねちっこさ、老獪さを出し切れていない。

しかし、これだけ役者をそろえているのは、単なる物マネ大会にはしないという確固たる意思の現れであろう。だが、W. 本人はともかくとして、W. をいいように利用する政権幹部たちは、本作においては単なる賑やかしに過ぎない、といってもいい。ドラマの根幹は、あくまでW. とその父親(パピー)であるH.W.にある。戦争に勝利し、スキャンダルにまみれたわけでもなかったのに4年間でホワイトハウスを去ることとなった合衆国第41代大統領、ジョージH.W.ブッシュ。政権幹部のキャスティングも豪華だが、ドラマの鍵を握るH.W. にジェームズ・クロムウェルを充てるというキャスティングが実に効いている。お世辞にも似ているとはいえない。しかし、映像などで伝わってくるH.W.のイメージを超えて、佇まいからしてずっと高潔で威厳を感じさせる演技を見せてくれる。野球好きで仕事も続かぬアル中のダメ息子たる「W.」にとってのプレッシャーや葛藤の源泉であることが、画面を見ただけで一瞬のうちに了解できるところが素晴らしいのだ。

偉大な父親、優秀な弟に囲まれ、何をやってもやり遂げることのできないダメ息子の葛藤。父親に変わるより大きな父親像を求めて「神」に傾倒し、宗教的に生まれ変わった(born again)と信じ、神の啓示があったと信じて大統領選に打って出た男は、周囲の腹黒い人間たちに利用されつつ、父親の仇敵と信じるフセイン打倒に執念を燃やしていく。一方で、最後まで父親からの愛と承認、尊敬を勝ち得ることができないという思いは消え去ることがない。プロ野球チームのオーナーで終わっていてくれたら世界がもっと幸せでいられたかもしれない男。この映画は、そんな男の内面のドラマを丁寧につむぎだしていき、それなりの見応えがある。ただ、明白な欠点としていえるのは、エンディングの弱さであろう。大統領選挙戦に間に合わせることを優先して完成を急いだ結果、ここには、8年の任期を振り返って「楽しかった」とコメントをするW.も、イラクで靴を投げられるW.も登場しない。要するに、ドラマを象徴的に締めくくるのに相応しいエピソードを欠いたまま、中途半端に幕を閉じてしまうのである。しかも、2期目の選挙を控えたタイミングでリリースされた『華氏911』と違い、政治的にも何のインパクトも持ち得なかった。映画の製作と公開のタイミングを誤ったことが本作の興行的、批評的な失敗だけでなく、内容的な弱さにもつながってしまっているのである。本作の判断ミスがあるとすれば、そこのところに他ならない。

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