10/30/2010

El Secreto de Sus Ojo (The Secret in Their Eyes)

瞳の奥の秘密(☆☆☆☆)

米アカデミーで外国語映画賞をかっさらって番狂わせ呼ばわりされたアルゼンチン映画である。米国でTVドラマなども撮っているベテランのフアン・ホセ・カンパネラ監督作品。まあ、他のノミネート作が未見なので比較してどうこう云えないのが残念であるが、本作、非常にオーソドックスな娯楽映画でありながら、なかなか見ごたえのある力作、映画らしい映画である。

話はこんな感じ。

引退した刑事裁判所の元書記官が、かつて手がけた婦女暴行殺人事件の顛末を小説にしようとするところから物語は幕を開ける。アメリカ帰りの若く有能な女性判事補や同僚の助けを得、苦心の末に真犯人の逮捕に至った事件であったが、終身刑のはずの犯人は裏取引で釈放されてしまい、命の危険を感じた主人公はブエノスアイレスを離れ、田舎に身を隠すことになった。過去の煮え切らない思いが主人公を小説執筆に向かわせるのである。また、主人公にはもう一つ、決着のついていない感情があった。それは、いまや検事に昇進したかつての上司に対する秘めた想いである。高卒叩き上げの主人公は、その想いを表向き口にすることができずに彼女の元も去らねばならなかったのだ。25年もの空白の時を超え、ドラマはどのようなかたちで決着を見せるのか?

この作品、単なる筋立てだけであれば、とりたてて新しいものでもなく、まあ、他の国でもリメイクできるんだろう。しかし、アルゼンチンの現代史や司法制度を背景に描かれる本作の空気までは再現できまい。まあ、例えていうなら、良質な韓国映画のような感じだろうか。なんというか、こう、理屈だけで割り切れない情念のようなものが、歴史に翻弄され、渦巻いているのである。

主人公と上司の関係。殺人事件の被害者の夫の亡き妻への愛情と、犯人逮捕への執念、そして怨念。当時の不安定な政治状況や、それによって失われてしまった時間。これを、「現在から過去を創作物の形で振り返る」という多層構造で描く着想がよかった。そう、映画の中で語られる「過去」のシーンは、主人公が(願望も含め、ある程度都合よく脚色して)書いた小説の中の出来事であって、本当にそのとおりだったとは限らない。そういうところが、ラストに向けて地味ながらジワリと効いてくる。

この映画で、なにより素晴らしいと思うのは、セリフで一から十まで説明しようとはしていないことである。役者の力も大きいのだが、ここぞという場面では、一瞬の映像で状況や人物の感情を雄弁に語ってしまう。特に、主人公らが確固たる証拠も何もなく直感と思い込みで確保した容疑者の取調べシーンは凄かった。アルゼンチン映画なので、スペイン語を解さない当方としては字幕に頼って、ある種、もどかしい思いをしながら映画を見ているわけだが、それだけに、セリフも字幕も関係なく、役者の視線や演技、編集のカット割り、それだけで、その場面で起こっていることのすべてが氷解するがごときに理解させられてしまう瞬間のインパクトは強い。そういう瞬間、映画を見る幸福に包まれる。

映像と演技の力で、劇中、タイトルの「瞳の奥の秘密」の持つ2重、3重の意味合いが次第に明らかになっていくのだが、そのプロセスが非常にスリリング。主演のリカルド・ダリン、ソレダ・ビジャミル、実にいい俳優だ。

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