10/02/2010

A Single Man

シングルマン(☆☆☆★)


キューバ危機に揺れる1962年を舞台に、16年連れ添ったパートナーの事故死を克服することができない男が、その人生を終えることと定めた特別な一日の出来事と回想を綴る。愛する者を失った悲しみや絶望を描く映画ではなく、愛する者を失って絶望のさなかにある男が、それでも人生を続けていく意味を些細な日常の中に見出していく物語である。主人公は男で、亡くしたパートナーも男である。その点では色眼鏡で見る向きもあるかもしれないが、ここで描かれているのは性的嗜好に関わりのない普遍的なドラマであって、舞台となる時代背景とあわせて、主人公の切実さを際立たせる役目を果たしているに過ぎないように思う。

主演はコリン・ファース。華には欠けるが、もともと巧い役者である。すでに昨年来、ヴェネツィアを皮切りに数多くの舞台で賞賛されてきたわけだが、これがもう、絶品。ちょっとした身振り、仕草や視線、表情で、自殺を思い立った男のひととなりと感情の変化を説得力をもって見せてくれる。真面目だがどこかにおかしみのある人物像はコリン・ファースの得意とするところだが、周囲に迷惑がかからぬよう完璧に仕度して自殺に臨もうとする主人公の行動にそこはかとないユーモアを感じさせるあたりは彼の真骨頂ではないか、と思う。その一方で、本作のコリン・ファースにはこれみよがしではないセクシーさがあって、目が離せない。全編出ずっぱりで、これは正に彼の演技を楽しむ映画であるといえる。

主人公の「最後の一日」に深く関わりを持つ共演者はジュリアン・ムーアとニコラス・ホルト。ジュリアン・ムーアは紅一点、主人公が男に目覚める前に付き合ったことのある親しい女性という役まわり。かなり重要な役で、見せ場もある。ニコラス・ホルトは、主人公に好意を持ち、行動の異変を察知してつきまとうかわいい男子学生役で、これは儲け役。『アバウト・ア・ボーイ』の変顔の男の子だと知ってびっくり。そういえば、プロデューサーに(『アバウト・ア・ボーイ』監督の)クリス・ワイツの名前があったな。

グッチ、イヴ・サンローランのクリエイティブ・ディレクターとして一世を風靡したトム・フォードの監督作(脚色も)である。これが伊達や酔狂ではない。人と人のつながりの中に人生の意義を見出してみせる本作は、なんといっても誠実で真摯な作品であるし、構成も巧みで、小品ながら堂々とした出来栄えだ。映像的には彼の美意識が先行して作りこみすぎているきらいもあるが、決して見せかけばかりの空疎な作品ではない。この人は、これからも本業の傍らで映画というかたちでの表現も続けていく人なのではないだろうか。そうだとしたら、次の作品もぜひ見てみたいと思わせる見事な監督デビューであった。

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